命の美しさ、感じる心

<青春はみずきの下をかよふ風あるいは遠い線路のかがやき>   

                                                                                      高野公彦


 子どもの育ちにとって、もっとも大切なものはなんだろう。それは早々と九九が言えたり、英語がしゃべれたりすることではないはずだ。
知ることよりもまず感じること。そう言ったのは、卓越した先見性をもって環境問題に警鐘を鳴らした生物学者レイチェル・カーソンである。
彼女は「センス・オブ・ワンダー」という言葉を使った。驚きを感じる心、とでも訳せようか。何に対する驚きか。それは自然の精妙さ、繊細さ、あるいは美しさに対してである。
自然とは、アマゾンやアフリカのような大自然である必要は全然ないと思う。ほんの小自然でよい。近くの公園や水辺? いや、コンクリートに囲まれ、空調の中に住み、電脳世界に支配される私たちにとって、もっとも身近な自然とは、自分自身の生命にほかならない。
私たちはふいに生まれ、いつか必ず死ぬ。病を得れば伏し、切れば血を流す。これこそが自然だ。そして私の生命はいつもまわりの自然と直接的につながっている。
 心臓の鼓動がセミしぐれの声に、吐いた白い息が冷たい空気の中に、あふれた涙がにじんだ夕陽に溶けていくことを感じる心がセンス・オブ・ワンダーである。
それは大人になってもその人を支えつづける。


                                                   福岡伸一 (2017.6.29朝日新聞)